ところで… 隠れ家的なバイオリン工房(http://xplorer-us.blogspot.com/2012/03/blog-post.html )でもちょっと触れましたが、この工房がある街、「ボイリング スプリング」について今日は書きたいと思います!!
このボイリング スプリングスの名の由来は、山からこんこんと湧き出る水が、空気を含みながら湧き上がり、それが煮だっているように見えることからこの名がついたそうです! 年中いつでも華氏で52度(摂氏で11.1度)の水温だそうで… 冬の氷点下の時は水から湯気が上がってたりします。
ここは一昔前、カーライル市からトローリー(路面電車)が走り、夏の避暑地として沢山の人たちが訪れたリゾートタウンだったそうです。 町の真ん中には人口池の「チルドレン レイク」という池があり、年中野鳥が訪れ、人でにぎわうボイリング スプリングスの中心となっています。 この池はペンシルバニア州で7番目に大きい池なんだそうです!
1740年にグリスとミルという粉挽き場が建てられ、1750年より19世紀末まで「カーライル アイロン ウォークス(鉄工所)」が出来、製鉄業でとてもにぎわったそうです。 主に暖炉や生活に必要なものが作られたそうで、戦争時には大砲なども作っていました。 今でもその当時製鉄作業で使われた「アイアン フォージュ」という、ソープストーンで作られた台形の建物が残って、今でもその当時の様子を垣間見ることが出来ます。 鉄を精製して、ほかのガラス質の鉄以外の成分はそのまま捨てられたそうで、今でもその横を流れる小川のほとりを歩くと、緑や紫のきらきらした石を見つけることが出来ます。 鉄の採掘所はボイリング スプリングスから2マイルほど歩くとまだ残っているんですよ。 山の横に何個も穴が開いているんです。 鉄工所を望むように高台に建っている18部屋の大きなお屋敷は「アイアン マスター マンション」です。 この製鉄所をまとめていた社長さん家族が住んでいたそうです。
南北戦争(1861-65)の当時、ボイリング スプリングスは「アンダー グラウンド レールロード」地下鉄道という19世紀アメリカの黒人奴隷たちが、奴隷制が認められていた南部諸州から、奴隷制の廃止されていた北部諸州、ときにはカナダまで亡命することを手助けした奴隷制廃止論者や北部諸州の市民たちの組織の一通過地点だったそうで、その当時、南部から逃れてきた黒人の方々をかくまっていた…と言われている建物が今も残っています。
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アンダーグラウンドレールロードの通っていた場所を示す1800年代の地図 |
池の前にある「ボイリング スプリングス タバーン」は1832年に建てられた軽食やさんなのですが、当時も今もボイリング スプリングス を訪れる人たちの胃をおいしいご飯で満たしてくれています。 この池を満たしている湧き水が出ている隣に軽食屋さんがあるのも、すごいですね! 本当にとても透明な澄んでいる水がこんこんと湧き上がっているんですよ!
皆さんもこの若葉で満ちる、すてきなボイリング スプリングスを散策してみませんか?
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